※筆者ゲーム未プレイですご容赦ください。


 君が刻むのならば喜んで


   006:赤い傷跡

 地べたを這ってうねる木の根を飛び越えると梢の撓りを利用して中空へ飛び出す。ひっくり返る視界でもなんとか距離感を持って銃を構えた。熱く燃える衝突音がして血がしぶく。空気まで震わせる吼え声を途切れさせる強さで黒髪が踊ると一撃を叩き込むのが見えた。ジュードは額やうなじを隠す黒髪をなびかせて近接戦闘へ持ち込む。地面に着したアルヴィンはジュードに当たらない弾道を算出して魔物を撃ちぬく。ジュードがアルヴィンの方を振り向く。戦闘中に振り向くときはいつも傾ぐからそれを計算に入れて引き金を引いた。ジュードの琥珀が見開かれて赤い唇が戦慄いた。
 発砲の反動を制御するアルヴィンの脊椎をぞっと怖気が奔る。反射的に両刃の大剣を振りかざす。金属が接触する耳障りな音がガンガン響く。アルヴィンの剣が阻んでいるのは魔物の爪と牙だ。重心が定まっていなかったから持ちこたえられない。気に入りの外套が土や草からにじむもので汚れるのが判る。目の前で鋭利な爪が剣を噛んではアルヴィンの喉笛を欲しがる。舌打ちするとのしかかっている魔物の腹を蹴り飛ばす。旅支度の長靴であったから革も固い。内臓を蹴り上げる手応えがあって、魔物は毛深い身体を捩って悶絶した。
 ジュードの方を何気なく振り向いて戦慄した。大型の魔物がジュードの足元へ影を落としている。ジュードの表情が凍りつく。照準に構う暇はなかった。とりあえずジュードに当たらなければいいと思って撃った銃撃は魔物の肩と腹に着弾する。吹き出す体液でジュードの髪や肌が染まる。銃の反動を殺さずにアルヴィンは地面を蹴った。反動で弾かれた銃が手からこぼれ落ちる。大剣を構えて突進する。切り捌く時間はない。切っ先からまっすぐに据えた剣がぞぶぞぶと腹を串刺しにする。目方のすべてを勢いに乗せてアルヴィンは踏み込んだ地面を蹴る。魔物とアルヴィンの体が両方共勢いで宙に浮く。凍りついたままから脱力したジュードの顔が見える。とりあえずこいつの遠くにやらないと。体勢を立て直せば勝てない相手じゃ。アルヴィンの思考はそこで止まった。地面が、なかった。
「アルヴィン!」
甲高い悲鳴。剣の柄を握る指先がギリリと鳴った。うそだろ?

「だめ!!」

魔物ごとアルヴィンは谷底へ転落した。


 からからと頬を打つ固い感触に闇が蠢く。ぴくぴくと目蓋を震わせて開ける視界にアルヴィンは眩しげに目を細めた。頬へ触れる清流は細く岩肌のほうが勝る。川へ落ちなかったのは幸運かもしれない。意識を無くして溜まりへ落ちると息が出来ずに溺れることがある。外套を始め衣服は濡れ破れて酷い有り様だ。固く握りしめていた指を外すと大剣がガラリと落ちる。泥濘に浸った髪を拭う。体を起こして突き抜ける痛みに跳ね上がった。
「い…――っ…」
手や腕、胸を確かめるが痛みは脚から来ている。膝が脈打つように傷んだ。衣服の色や形で腫れや出血は判らない。本来なら装備を解いて当て木など応急措置をするべきだ。でもなぁ。あたりを見回す。魔物はいない。一緒に落ちたと思ったが衝撃で違う方向へ飛んだか。旅支度は戦闘さえも想定する。靴は固めだし下手に動かして足首までひねっても困る。手の届く範囲を這いずって枝を折ると痛む膝へあてがう。スカーフを解いてきつく縛り付けた。骨まで響く痛みだったが落ち着くのを待って立ち上がる。一緒に落ちた大剣を支えにして勢いで立ち上がる。引きずり気味の脚で歩き回るには障りがありすぎたが黙って待っていても仕方ない。流れと目的地は同じ方向へ沿っているようであるからもしかしたら谷と大地の合わさる場所があるかも知れない。刳れた谷を降りてくるほどジュードたちは浅慮ではない。歩くたびに脚が痛む。顔をひきつらせて歩き続ける。ざくざくとした深い切れ目がいくつもアルヴィンの足跡として残り不意に広がる清流が撫でては消していく。空が近くなった。見上げる太陽はすでに朱に染まって暮れていた。光を遮って突き出す人影がある。推し量るに髪は短い。すぐに甲高い声がする。
「アルヴィン?」
ジュードだ。笑って声を上げ、手を振るとすぐに気づいた。ばらばらと人影がそれなりの装備で降りてくる。
 回復のアイテムを多大に消費しながら何とか街へ着くと、すぐさま宿を取った。ジュードはアルヴィンを連れて町医者へかかると言って聞かない。宿での部屋割りでアルヴィンとジュードはよく組まされるから異論は起こらなかった。老指揮者は何事かをジュードの耳元でささやくと何かを握らせる。びっくりしたように相手を見据えたがジュードは頬を赤らめるとありがとう、と歯切れの悪い礼を言った。少女達は慣れない仲間の捜索で疲れているのか促されるままに宿へ引き取る。ジュードがアルヴィンの腋下へ肩を入れて支える。大丈夫? 添え木は外していない。ある程度医療知識のあるジュードがそのほうが良いと判断した。動きづらいけどな。痛み止めがもらえればそれでいいよ。治らなきゃだめだよ。
 みつけた町医者は衣服ごと装備を切ろうとするのでアルヴィンは慌てて止めた。衣服はともかく装備がお釈迦になるのは財政状態としてよろしくない。じゃあ脱いでと言われて躊躇する理由であるジュードは心配そうな顔をしてなかなか退かない。まぁいいか、とアルヴィンはあっさり装備を解いてズボンをおろした。やはり膝をこじらせたようで、折れてはいないが、という前置き付きだが動きまわることはできるだろうと言われた。ぐりっと傷を抉られて年甲斐もなくぎゃあっと叫んだ。ふさがりかけてたのかな。ジュードが身を乗り出す。判ってんなら止めろよ。僕は診てないもん。痛みの悲鳴は慣れているのか町医者は滞ることもなく傷口を消毒して縫合した。痛い、痛いよ痛い。逃げを打つアルヴィンをジュードが抑える。動くともっと痛いよ。補強具をつけるように言われて片脚を引きずったまま薬局へ出向く。ついでに痛み止めもくれと言っておいた。塗りつけるのと飲むのとどっちがいいんだね。なんか違うの? 飲む方は胃腸が悪いとお腹を壊すよ。ジュードが後ろから付け足した。
 薬局で痛み止めと補強具を受け取る。ぴったりつけてくださいね、と言われて生返事をした。着衣部であるから実演は難しい。仕方がないから着衣の上から見本としてつけてもらう。これを基準として覚えようとアルヴィンは必死だ。杖は要らないが支えはあれば助かる。旅の疲れも一緒くたにしてアルヴィンがジュードに甘えた。悪いな。丈はアルヴィンのほうがある。目方もあるだろう。薬袋を持ち上げる。すでに街は夜に沈んで人工灯の明かりが煌々と灯る。
「アルヴィン、食事はどうする?頓服薬だけど薬を飲むときにはお腹になにか入っていたほうがいい時もあるから」
「飯かぁ…宿に持って帰るか。今から注文しても食ってる途中に出て行けって言われても困るしな」
「そうだね」
ジュードもいぶかることなく同意した。食事が美味い店は食事専門だから閉店が早い。酒の飲める店は遅くまで開いているが食事は肴程度しか見込めない。中途半端な時間の来客でも逃がさないようにしたたかな店は持ち帰りで惣菜を提供する。揚げ物がいいかな。パンに挟める方がいいぜ、楽だし。腸詰め肉は? おたくはジャムが好きそうだな。そこの店なら結構種類があったぜ。木苺や肉桂もあった。薄荷だって。美味いのかな。アルヴィンが食べたいんじゃないか。
 二人して肉やら魚の揚げ物やらジャムやらを注文する。どのくらい煮込んでんの? これは砂糖粒が残ってるほうが好みだな。アルヴィン、ジャムなんだから構わないんじゃないの。どうせなら好きなもんがいいだろ。あ、飲み物の配合はさ。僕が店員だったら面倒くさい客だって思うよ。受けられるサービスは受けとかないとさ。ジュードはアルヴィンの体を補助するから片手がふさがるので二人共が持てるように提げ袋へ入れてもらった。
「なんだか悪いな。怪我までして足手まといだってのに」
卑屈になったのはジュードが何も言わないからかもしれない。ジュードはまだ年若いし心構えも備わっていないと思うのにひどく物分かりが良い。アルヴィンのわがままさえしかたがないな、の一言で通してしまう。むやみやたらに反対されたくはないが暖簾に腕押しなのも気持ちが悪い。
「…アルヴィンが怪我したのは僕のせいでもあるから」
「は? なんだそれ」
すり抜けるはずの表層へ引っかかる。傭兵として汚い真似もするから訴訟沙汰も疎遠ではない。ジュードの台詞ではアルヴィンに非があるとも取れる意味合いで、疲労して麻痺した思考回路では深意まで読み取れない。
「だって、さっき医者でみたろう。傷が深かったよ。もしかしたら一生残るかもしれない。僕の不注意でアルヴィンの体に傷を刻んだんだって思うと」
「は、なに自惚れてんだ」
苛立ちのままアルヴィンは言葉を吐いた。アルヴィンはジュードの所為だなどと思ってはいない。戦闘時に負った怪我は全て自己責任だ。戦闘領域を正確に認識していなかったからいきなり底が抜けたような羽目になる。ジュードのせいだとは思っていないし思わない。
「もういい。飯は一人で食うよ。宿には先に戻ってていい」
アルヴィンは乱暴に腕を解くと足を引きずって歩き出す。ジュードがゴメンって駆け寄ってくれたらいいのに。


 遅くに酔っ払って戻ったアルヴィンを迎えたのは老指揮者だ。千鳥足のアルヴィンを応接へ座らせる。さてどんな説教が来るのだと身構えるアルヴィンに彼はアルヴィンがいなくなってからの状態を話した。ひどく心配なさりましてね。落ちる拍子に爪が膝を抉っていたと、歩けないだろうから探しに行かなくてはならないと聞きません。ご自分の体力などまるで考えておりませんから無理やり回復の施術をしまして。回復したと見るや駆け出して捜索。何度も谷底を覗かれまして。はい、それではお前が落ちると何度も引き止められましたが聞きませんで。あなたが早めに見つかってよかったですよ。アルヴィンは酒の醒めた目で小卓を見つめる。給仕が出してきたのは温めた牛乳だ。紅茶や珈琲では眠れなくなるという。甘いものがお好きでしたらホットチョコレートなど。老指揮者はそっと給仕を抑えて控えさせた。給仕も心得ていて失礼しましたと引き下がる。…あいつ、飯どうしたんだろ。さて。お部屋にこもられてから出てきませんから。アルヴィンはなりふり構わずに席を立つ。脚の傷はいかがですか。医者に診てもらうからいいよ。医者の卵だっけ? 老指揮者は鷹揚に笑うとアルヴィンの後を追わなかった。
 不慣れに足を引きずるから物音でしれていると思うのに扉をノックするのは気が重い。それでもなんとか呼吸を整えて扉を叩いた。何が来ても驚かないと決めた覚悟はジュードのか細い声であっさりと覆った。おずおずと扉を開ける。卓上灯だけが点いていてジュードは窓側の寝台の上に居た。装備はすでに解かれている。寝台の上一面に帳面や本が広げられている。
「熱心だな。……飯は、どうした?」
「……あぁ、食べてないや。ずっとかかりきりだったから…」
休憩できるように誂えられた応接の小卓の上にアルヴィンとともに求めた惣菜が紙袋のまま放置されている。
「熱心だな」
話題として振った以上の礼儀としてアルヴィンはジュードの寝台に広げられている本を取った。筋肉組織と神経の断裂と修復。骨が保たれている場合。アルヴィンの紅褐色の目にジュードは困ったように笑う。ごめんね、僕はまだやっぱり卵みたいだ。こんなときにすぐ、どうしたらいいって、判ればいいのにね。応急措置とか、不意の怪我とかすごく大事だって教わったのにね。笑っているのにジュードは泣きそうだ。駄目だね。医者が取り乱すのが一番悪いよ。
 「ジュード、脚が痛いよ」
「ごめん」
きゅうっと寄せられる細い眉と眇められる琥珀にアルヴィンは軽快に言いつける。そのままどさりと寝台に倒れこむ。ジュードも避けたり阻んだりしない。二人して寝台に転がった。帳面がばさばさと落ちる音がする。だから気持よくしてくれよ。俺は動けないからな。躊躇するジュードの前でアルヴィンは補強具を外す。服の上からずっとつけてるわけにもいかないし。脱ぐから付け直してくれるだろ? ベルトの留め具を揺するのをジュードの白い手が覆う。
「いいの?」
僕のことを赦してくれるの?
「赦すってお前、俺の手抜かりだぜ」
肩をすくめるとジュードは目をうるませた。ごちん、と額を重ねる。アルヴィンの茶褐色の髪とジュードの黒髪が交じり合う。二人とも長髪ではないのにそれなりの長さを有する。ジュードの額やうなじは黒い幕の奥だし、アルヴィンは額を見せるがうなじは外套の襟と二重の守りだ。今はしていないがスカーフで襟を固定する。
 「傷が残ったらどうするんだよ」
「どうもしないって。傷は男の勲章なんだろ」
「誰に聞いたのさそれ」
「忘れた」
アルヴィンはジュードの髪や肩を掴んで引き寄せる。さらりと細い黒絹の髪だ。旅慣れていない仄白い皮膚に、歳若さを主張するような紅い唇。睫毛も長い。頬骨のあたりへうっすら落ちる影は灰白で嫋やかだ。睫毛は怖がるようにかすかに震える。
「痛みがひどくなったらどうするの」
「診てくれるんだろう?」
ジュードが真っ赤になった。なんだよ可愛いな。
「なんだよ、抱いてくれないの?」
耳朶を食むとジュードの手がアルヴィンのベルトや留め具を慌ただしく解く。アルヴィンはうっとりと昏い天井を見上げた。ジュードの細い腕がアルヴィンの腰を抱く。慄えて戦慄く唇から嬌声があふれた。


《了》

久しぶりで楽しかった              2013年8月25日UP

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